― 研究と市場をつなぐ、実践型アントレプレナーシッププログラム ―プログラム概要本プログラムは、DMZ JapanがGTIE*およびHSFC*と連携し、修士・博士課程学生を対象に実施した研究成果の事業化を目指した実践型プログラムです。研究成果そのものを起点とするのではなく、その研究がどのような社会課題・市場課題を解決し得るのかという視点から事業化を捉える力を養うことを目的に、起業家マインドセットの醸成から研究成果の事業化に必要な基礎スキルの習得、そしてグローバルなエコシステムへの接続までを一貫して支援しました。参加学生は、北海道大学、東京大学、千葉大学、慶應義塾大学、早稲田大学から計9名。専門分野も研究テーマも異なる学生が集まり、それぞれの研究の社会実装の可能性を探りました。*GTIE :『Greater Tokyo Innovation Ecosystem(GTIE)』は、東京大学・東京科学大学・早稲田大学を主幹機関とした「大学発スタートアップ」のプラットフォーム。東京都等が幹事自治体となり、18の大学と3つのスタートアップ支援機関から構成される共同機関、民間企業、自治体等が協力機関として参画している。*HSFC :『Hokkaido Startup Future Creation Development by Mutual Support Networks(HSFC)』は、北海道内にある大学等の研究機関からなる「研究開発型スタートアップ」のプラットフォームで、地域の経済活性化を図ることを目指す。道内に点在する大学と高等専門学校・自治体・金融機関等が参画している。(様々な大学から集まった9名の参加学生達)プログラム構成本プログラムは、渡航前のオンライン準備プログラムと、カナダ・トロントでの集中プログラムの二段階構成で設計されました。プログラムの内容は、トロントメトロポリタン大学(TMU)が主幹として運営する、カナダ国内で全国的に実施されている起業家育成プログラム「Lab2Market」のカリキュラムを参考にしました。 「Lab2Market」とは、研究者や大学院生が自身の研究成果や専門性を起点に、社会や市場における価値を探りながら、事業化や社会実装の可能性を広げていくことを目的としたプログラムです。研究とビジネスの接続を体系的に学べる点が特徴です。1)オンライン準備プログラム(2025年6月9日〜7月31日、全8回):オンライン準備プログラムは、トロントでの集中プログラムを最大限に活かすため、約2か月間にわたり段階的に設計されました。起業の全体像を俯瞰するところから始まり、顧客発見、検証、発信へと、思考と行動を一歩ずつ積み上げていく構成です。⚫︎6月前半:起業と研究の接続を理解するフェーズ 6月9日:スタートアップ思考と研究成果の事業化 6月16日:バリュープロポジションとビジネスモデル設計 研究からどのように価値を生み出すのか。研究の応用分野を洗い出し、自身の研究が提供できる価値をビジネスモデルとして整理しました。⚫︎6月後半:顧客を具体化するフェーズ 6月23日:顧客セグメンテーションとペルソナ設計 6月30日:市場投入とエコシステム理解 「誰の課題を解くのか」を明確にし、研究・産業・支援機関を含むステークホルダーを全体的に俯瞰して価値提供の流れを設計しました。⚫︎7月前半:仮説検証に向けた準備フェーズ 7月7日:顧客発見とインタビュー準備 7月14日:MVPと検証プロセス 仮説検証のサイクルを整理し、実際のインタビューに向けた準備を本格化しました。⚫︎7月後半:事業化と発信を見据えるフェーズ 7月21日:知的財産と規制の基礎 7月28日:研究の伝え方とピッチング 事業化を進める上で避けて通れないIPや法的観点について理解を深め、専門外の相手にも伝わるストーリーテリングとピッチ構成を学びました。2)トロント集中プログラム(2025年8月4日〜8月8日):カナダ・トロントで実施。現地メンターや起業家との交流、エコシステムツアー、顧客インタビューの実践を通じて、グローバルな市場理解と実践的スキルを習得しました。◆トロント集中プログラム:実践の場へオンラインでの準備を経て、学生達はカナダ・トロントへ。DMZ本社やトロントメトロポリタン大学(TMU)を舞台に、実践中心の5日間を過ごしました。ワークショップと起業家セッション現地では、顧客インタビューを想定したロールプレイ形式のワークショップを実施。DMZスタッフがインタビュイー役を務め、実践的なフィードバックを行いました。(顧客インタビューのロールプレイの様子)また、現在カナダで活動する日本人起業家・吉本翔氏(VetsBrain Founder & CEO)による講演では、研究者から起業家へと転身したリアルな経験が共有され、学生にとって大きな刺激となりました。(起業家によるセッションの様子)TMUエコシステムツアートロントメトロポリタン大学(TMU)内の分野横断型のイノベーション拠点を巡るツアーを実施。研究がどのように事業や社会実装につながっているのかを、空間として体感する機会となりました。(TMUのエコシステムツアーの様子)◆本プログラムの核:顧客調査インタビュー本プログラム最大の特徴は、全員が実際の顧客候補へのインタビューに挑戦したことです。学生は、自身で設定したペルソナをもとに、LinkedInやオンライン検索を活用して対象者をリストアップ。メールや問い合わせフォームを通じてアポイントを取り、場合によっては飛び込みでのインタビューにも挑戦しました。アポイント獲得に苦戦する場面では、DMZやJETROが現地の企業や団体と連携し、全員が必ず実践機会を得られるようサポートしました。さらに、アポイント獲得状況やインタビュー進捗を共有しあう仕組みを設けたことで、学生同士に自然な緊張感と連帯感が生まれ、互いに背中を押し合う環境が形成されました。参加者からは、「インタビューのロールプレイが非常に勉強になった」「最初は不安だったが、失敗しても良いのだと考えられるようになった」といった声が寄せられ、実践を通じた意識変化がうかがえました。(現地インタビューの様子)◆学びを言語化するプレゼンテーションプログラムの締めくくりには、インタビューから得たインサイトと今後のアクションを整理し、メンターに向けて発表するセッションを実施。このセッションを通じて、学生には学びを言語化して英語で他者に伝える力に加え、メンターからの質問やフィードバックを通じて、今後のアクションや意思決定に活かす視点を得る機会を提供しました。単に体験で終わらせるのではなく、次のステップにつなげるプロセスを組み込むことで、学習効果を最大化することを意図しました。(最終プレゼンテーションの様子)◆アンケート結果と参加者の変化プログラム事前・事後アンケートでは、バリュープロポジション理解(+48.0%)グローバル理解(+37.5%)ビジネスモデル設計(+30.4%)といった項目で大きな向上が見られました。「日本の高等教育ではなかなか触れる機会のない、実践的なアントレプレナーシップ教育に価値を感じた」という声もあり、研究と市場を結びつける視点を獲得できたことがうかがえます。一方で、プレゼンテーション力については大きな改善が見られず、今後はピッチに特化したサポートの強化が課題として浮かび上がりました。(参加者のアンケート結果)おわりに:研究者が一歩踏み出すための「実践の場」本プログラムは、「実践を通じて学ぶ」ことを徹底的に重視した設計でした。学生は、「自分の研究をどう売るか」ではなく、「誰のどんな課題を解決できるのか」という視点へと意識を転換し、研究成果の社会実装に向けた第一歩を踏み出しました。特に、参加者全員がコンフォートゾーンを越えて顧客インタビューに挑戦できたことは、大きな成果です。最初はメール送信すらためらっていた学生が、最終的には自ら対話をリードできるようになる姿は、このプログラムが短期間で行動変容を促したことを象徴しています。研究者が市場と向き合うための実践的な入口として、本プログラムは確かな価値を提供したと言えるでしょう。