2026年8月3日、DMZ Japan主催「研究から事業へ、日本から世界へ。〜研究の事業化・海外起業・スタートアップ支援のリアルを語るトークイベント〜」が開催されました。登壇したのは、カナダ・トロントでRe:Pair Genomicsを共同創業し、AIを使った遺伝子治療薬の開発を進める新堀洋介氏。大学発スタートアップの起業・経営・VCを経験し、現在は千葉大学で起業支援とアントレプレナーシップ教育を主導する片桐大輔氏。製薬企業で創薬研究から米国企業のM&Aまでを経験し、現在は東京大学で起業家育成に取り組む金本佳子氏の3名。モデレーターはDMZ Japanの並木由美子が務めました。研究を事業に変えるには、何が必要なのか。立場もキャリアも異なる3名のパネリストの実体験に踏み込んだセッションとなりました。海外で起業するまで新堀氏がカナダに渡ったきっかけは、高校時代の留学経験でした。海外で暮らすこと、働くことが自分に合っていると感じ、いつか海外に出たいという思いを持ち続けていたといいます。当時相談した先生から「まずは学位を取ってから行く方がいい」と助言されました。海外は日本以上に学位による立場の差がはっきりしていて、扱いも変わってくる。その言葉どおり、学位を取り、日本でポスドク(博士研究員)を経てから渡航しました。「今思うと、海外には早く行ったほうがよかったと思います。」と新堀氏は振り返ります。英語が話せるようになるのも、環境に適応するのも早くなる。「ただ話すだけじゃなく、会話を通じてカルチャーがよくわかりますから。」行き先の候補はロンドンとトロントの二つ。多国籍で住みやすいという理由でトロントを選びました。ポジションを得られたのは、以前その研究室にいたときのつながりがあったからだといいます。「面識のない相手にいきなり『雇ってもらえませんか』とメールを送っても、95パーセントは開かれすらしません。だからまずは関係を築いて、覚えてもらうことから始めました。自分から話しかけにいくことが大事です。起業するときも、海外で実験するときも同じ。結局、話した者勝ちなんですよね。」そこから起業に至ったのは、シンプルな理由でした。「遺伝子治療に使うウイルスベクターの研究を10年以上続けるなかで、自分が欲しいプロモーターが存在しなかったからです。社会にまだないこと。だから自分でやってみようと思いました。」ただ、いきなり事業を始めるのは難しい。そこで新堀氏が頼ったのが、トロント大学のアントレプレナーシッププログラムでした。自社の価値をどう定義するか、資金をどう集めるか、パートナーをどう探すか。基礎を一通り学び、最後はピッチコンペティションで発表しました。この経験・プロセスが起業の後押しになったようです。バイオの分野における日本の現実バイオ・ライフサイエンスの分野で大きな資金を動かしているのは、多くの場合アメリカのベンチャーキャピタルです。彼らが「この技術ならリスクが読める」と判断できるかどうかで、その国のバイオテックの分野がどこまで伸びるかが変わってきます。片桐氏はまず、日本の外で起きていることから話し始めました。「今、アジアで一番勢いがあるのは実は中国です。中国は約10年前、臨床試験に入る前の規制を、すべて国際基準に移行しました。人口が多いのですぐに症例数も集められる。結果として、アメリカのVCから見ればリスクが下がっていて、早い段階でも技術ごと買い取れる状況になっています」対して日本は、GLP(医薬品の安全性試験に関する国際的な実施基準)が十分に適用されていないケースが多く、集められる症例数も少ない。「アメリカの投資家から見ると、リスクが全然減っていないんです。」「日本のベンチャーキャピタルはお金を出さない」「だからもっと助成金を入れるべきだ」とよく言われるが、問題の所在はそこではない。「北米では、ライフサイエンスはすでにグローバルマーケットとして動いています。サイエンスは世界的に進んでいるので、日本のレギュレーションがどうなっているのかをしっかり見ることが大事だと思います。」そのうえで片桐氏は、日本の最近の動きにも触れました。東京圏の大学が連携し、基礎研究からバイオ・ライフサイエンス分野の技術ギャップを埋めようとする取り組みが進んでいます。千葉大学でも今年、人に初めて薬を投与する段階の試験に対応する体制と専用の施設を整えました。「やっぱり指をくわえて見ているだけでは、気づいたときにはガラパゴス化して遅れてしまいます。自分たちで積極的に取り組まないと、やらなきゃいけないと思っています。」カナダの「最初の一歩」の設計日本のレギュレーションや人材育成についての言及があったところで、カナダ側のエコシステムの現状はどうなのか。「(人材の面で言うと)起業したいと思っている学生は、それほど多くないと思います。」差があるのは学生の意欲ではなく、思い立ったときに手が届く場所に仕組みがあるかどうかだと、新堀氏は言います。「いきなり起業して何億円も調達できるわけではありません。ピッチコンテストがあって、優勝賞金が50万円、その上のレベルだと500万円、1,000万円といったものもある。こうしたスタートの機会が身近にあるのは、日本の環境との大きな違いだと思います。あるのとないのとでは全然違います。」カナダ全土から誰でも応募できるコンテストがモントリオールで開催されており、教授が関わっていなくても学生だけで参加できる。「その柔軟性が、カナダのエコシステムの強みだと思います。」加えて、ニューヨークやボストンなどの大都市にも近く、言語も同じであることから、アメリカのカンファレンスに出て資金調達する道も開けています。ただし、資金調達の環境そのものは厳しくなっているといいます。「5年前はアイデアだけでも投資を受けられましたが、今は必ずプロダクトを用意して、投資家の前で見せる必要があります。しっかりしたプロダクトを持っている会社だけが投資を受けています。」研究からビジネスへ、マインドセットと覚悟このセッションで最も議論が深まったのが、「研究からビジネスへの転換」というテーマでした。金本氏が挙げたのは、マインドセットの変化です。小さな会社で働くなかで、大手企業はどんどん製品を市場に出しているのに、なぜ自分たちは出せないのか。研究だけではだめなのではないかと考え、患者と距離が近い臨床開発へ進みます。それでも何か違うと感じていたところに、経営学を学ばないかと声をかけられ、海外へ渡りました。ところが、期待していたものとは違ったといいます。「経営学は本当に学問なんですね。経済やマーケティングの手法を教えてもらいました。でも、それが事業に役立ったかというと、そうではありませんでした」一番の学びは、教室の外にありました。「研究からビジネスに進む中で一番大事だったのは、アメリカの皮膚科医にずっとインタビューをしていた経験です。顧客目線で何が求められているのかを理解する、大きな学びになりました。」小さい会社に所属していたので、最先端のテクノロジーを目指すのは現実的ではなかった。だからこそ、ニッチな戦略や他社との差別化に取り組み、どの患者に何を届けたいのかを考え、しっかり調べる。そこから道が見えてきたといいます。研究者はどうしても研究そのものに専念することになる。研究者のバックグラウンドを持ちながら事業の目線も持つ人が要れば、研究の優れた技術をマーケットに出すことができる。「やはりマインドセットが大事ですね。」続いて、片桐氏は「(研究とビジネスの)思考プロセスに、あまり違いはないと思います。研究者は自分で課題を設定して、そこから逆算してソリューションを考える。ビジネスも、今の社会課題を見つけて、何が本当に必要かを考える。同じなんです。」では何が難しいのか。「苦労するのは、自分で決断できるかどうかです。私は研究者としてのキャリアを捨てました。研究が本当に好きだったので、これにはかなりの覚悟が必要でした。でも一度ビジネスに集中すると決めてしまえば、思っているほど難しいことではなかった。マインドセットというより、覚悟の問題ですね。」新堀氏も、研究者としてのキャリアとの両立の難しさをかなり率直に話していました。「会社を始めた時点で、研究者としてポジションを上げていくのはもう無理ですね。論文が出せません。特許を取るまでは、小さな発見でも発表できないんです。どこがシードになるかわからないので」支援する側に回った今、片桐氏が一番難しいと感じるのもここだといいます。「『ベンチャーもやるし、論文も書く』と言われた時、その場で決断してもらわないといけない。決めきれないなら、中途半端な支援はしません。厳しく聞こえるかもしれませんが、今誰かが現実を伝えないと、中途半端に投資して後で大変なことになるんです。」金本氏も「進む方向を変えるときは、元に戻らない覚悟が必要だと思います。もちろん戻る人もたくさんいますが、新しいことに挑戦するには、その覚悟が大事だと思いました。」研究から事業へ移るときに何を考え、何を決めることになるのか。3名それぞれの経験が語られたパートでした。起業したタイミングを振り返って並木から「起業はとても大変だったと思いますが、その中で大切だと思うことや、振り返ってこうしておけばよかったと思うことがあれば教えてください。」という問いかけがありました。片桐氏は、自分の起業が早すぎたと振り返ります。当時はTLO(大学の特許を企業に橋渡しする仕組み)が日本に導入されたばかりで、ファンドもインキュベーション施設もありませんでした。「三年早く立ち上げてしまったんです。会社も三年後には本当に潰れそうになりました。資金繰りには本当に苦労しました。もし起業を考えている方がいれば、タイミングは本当に重要です。しっかり見極めてください。」一方、新堀氏の後悔は逆でした。初期に投資家から声をかけられたとき、株式を渡したくないという理由で断ったといいます。「今思えば、あの時受けていれば違う形になっていたかもしれません。タイミングを逃したタイプですね、僕は。もう二年早くできたかなって思います。二年前にもっとアグレッシブなアプローチを取っていたら、今とは全く違う未来が見えていたと思います。」金本氏は、支援者としての立場からこう付け加えました。「タイミングを見極めるのは本当に難しいですよね。三年前や三年後のことが本当にわかるかというと、なかなか難しいと思います。だから先生方には、資金のめどが立つまでは絶対に起業しないでくださいと伝えています。今は公的な支援制度もたくさんあるので、それを活用してつないでください、と。」これから起業・資金を集める人へセッションの最後に、AIを使ったサービスを提供するためにこれから資金調達をして起業する予定だという学生の方から、国内外のどこで資金を集めるとよいか?という相談が出ました。金本氏が挙げたのは、国内の公的なプログラムです。「大学発の起業を支援する枠組みは北海道から九州まで全国に置かれていて、そこに参加している大学の学生や教員であれば、プログラムを無償で受けられる。研究成果を事業につなげる資金も段階を追って用意されており、返済の必要もありません。」新堀氏が付け加えました。「海外にはさらに多くの選択肢があります。学生が応募できる国際的なピッチコンテストがいくつもあり、各地域で予選に勝ち上がっていくとワールドディビジョンに進み、優勝賞金がもらえる。賞金は1億円規模になるものもある。ステップを進めるごとにレベルが上がるので、挑戦した方がいいと思います。」片桐氏が話したのは、お金の集め方ではなく、どこで戦うかということでした。シリコンバレーで起業した友人は、アメリカに拠点を置いたことで、広告を一切打たないままアメリカ現地で話題になり、そこからスペイン語圏へも広がったといいます。今では売上の3割ほどがスペイン語圏から生まれている。「日本で同じことをやっていたら、スペイン語圏に勝手に広がることはなかったと言っていました。」だからこそ、拠点をどこに置き、どこに資金を投じるかが効いてくる。「本当に勝負したいなら、勝負したい場所でやらなきゃダメです。日本人だからとか関係ありません。一番商売になる場所で勝負することが大事です。」世界の投資家から日本がどう見えているか、カナダにはどんな仕組みがあるか、自分を取り巻く環境を正確に知る話から始まり、それを踏まえて何を決めるかという話へ進んでいきました。新しいことを始めるときは、正しく知ること・決めきること、そのどちらも欠かせない。3人のそれぞれの経験を通して、そのことが具体的に語られたセッションでした。DMZ Japanでは、日本のスタートアップのカナダ進出、そして世界各国の企業の日本展開を支援しています。カナダとのコラボレーションにご興味のある方は、ぜひお気軽にお声がけください。