DMZ Japanは、カナダのイノベーション環境を体系的にまとめた『Canadian Ecosystem Report』をリリースしました。本シリーズでは、その内容をテーマごとに抜粋して紹介します。今回取り上げるのは、カナダのベンチャーキャピタル市場の現状です。カナダのVC投資額は、2021年の約148億カナダドル(約1兆6,000億円)をピークに減少し、現在は年間約80億カナダドル(約8,800億円)前後で推移しています。数字だけを見れば半減ですが、これを市場の縮小と読むと判断を誤ります。この記事では、投資額が半減した背景と、いま資金がどこに向かっているのか、そして調達に何を見込んでおくべきかを整理します。半減した数字をどう読むかまず、この調整はカナダ固有の現象ではありません。パンデミック期に世界的なベンチャー投資の急増があり、その後の引き締めも各国で同時に起きました。カナダの2021年は、その世界的な高騰が最も強く表れた年です。長期で見ると、別の姿が見えてきます。カナダのVC投資は2000年代後半から着実に拡大してきました。2016年は約32億カナダドル、2019年は約49億カナダドル。そこから2021年に148億カナダドルへ跳ね上がり、現在は80億カナダドル前後で落ち着いています。つまり現在の水準は、コロナ前の実績を大きく上回る位置にあります。レポートではこの80億カナダドルを、一時的な落ち込みではなく「持続的なベースライン」と表現しています。縮小した市場ではなく、成熟し正常化した市場だという見方です。投資件数の減少が示すもの金額と同時に、投資件数も減少しています。2021年の859件に対し、2025年は571件です。ここが実務上、最も重要な点です。件数が金額と同じように減っているということは、投資家が「同じ数の企業に、より小さい小切手を切っている」のではないということです。投資先の数そのものを絞り、1社あたりの審査を厳しくし、要求水準を上げている。レポートではこれを、選別的で確信に基づく(conviction-driven)市場と表現しています。つまり、資金が枯渇しているわけではありません。通る企業と通らない企業の差が、以前よりはっきりしているということです。調達期間は6〜9ヶ月を見込む調達にかかる期間も長期化しています。最初の接触からクローズまで、6〜9ヶ月を見込んでおく必要があります。2〜3年前と比べて明らかに長くなりました。レポートではこの長期化の理由までは説明していませんが、前述の審査の厳格化が影響していると考えられます。投資先の数を絞り、1社あたりの検討を深くしている市場では、結論が出るまでの時間も自然に伸びるためです。加えて、カナダのVCとのやり取りは、そもそも短期決戦ではありません。前回の記事で触れたとおり、カナダのビジネスでは取引の前に関係を築くことが重視されます。複数回の対話を重ね、相手を見極めてから話を進めるのが基本です。投資家との関係も同じで、初回の面談で結論が出ることはまれです。数ヶ月かけて事業の進捗を確認され、その過程で信頼が積み上がっていきます。資金調達の計画を立てる際は、この期間を前提に手元資金の見通しを引く必要があります。実際に動き出してから半年以上かかると分かると、選択肢が狭まります。資金の6割超がICTとAIに集中している投資額の推移以上に、進出企業にとって影響が大きいのがセクターの偏りです。カナダのVC資金は一貫してICT(情報通信技術)に最も多く配分されており、市場が調整局面に入ってもこの構造は変わっていません。現在、ベンチャー資金の6割超がICTとAI関連に流れ込んでいます。自社がこの領域にあるなら、市場環境は追い風です。一方、クリーンテック、ライフサイエンス、ハードウェアの場合は、資金がないわけではないものの、対象となる資金の規模は明らかに小さくなります。シリーズBやCといった後期ラウンドに到達するまでの道のりも長くなる傾向があります。これは避けるべき分野という意味ではありません。調達計画の前提として、自社のセクターがどちらに属するのかを把握しておく必要があるということです。統計に表れていない分野があるひとつ注意が必要なのは、この統計には防衛技術が独立したカテゴリーとして存在しない点です。カナダベンチャーキャピタル・プライベートエクイティ協会(CVCA)は、防衛を単独の分類として集計していません。しかし実態として、防衛技術はカナダで最も成長の速い分野のひとつです。第2回の記事で扱った連邦政府の防衛産業戦略が、この動きを直接押し上げています。統計に現れていないことと、市場が存在しないことは別の話です。データだけで判断すると、この領域を見落とすことになります。この市場をどう捉えるか投資額の推移を「カナダのVC市場は縮小している」と要約してしまうと、実態から離れます。金額はコロナ前を上回る水準にあり、変わったのは配分の仕方です。審査が厳しくなったということは、準備の質がそのまま結果に反映されるということでもあります。件数が絞られる市場では、他社と比較されたときに何で差がつくのかが、以前より明確に問われます。カナダでの顧客実績や現地パートナーの有無が効いてくるのは、この局面です。そして、6〜9ヶ月という調達期間は、裏を返せば投資家との関係構築に使える時間でもあります。最初の接触の時点で完成した資料を持っている必要はなく、その期間を通じて信頼を積み上げていく前提で設計するほうが、この市場の性格には合っています。まとめカナダのVC市場は、2021年のピークから投資額・件数ともに減少しましたが、現在の年間約80億カナダドルはコロナ前を上回る水準です。市場の縮小ではなく、成熟と正常化として捉えるのが実態に近いといえます。留意すべきは、資金の6割超がICTとAIに集中していること、調達に6〜9ヶ月を要すること、そして防衛技術のように統計には表れない成長領域があることです。『Canadian Ecosystem Report』では、2016年から2025年までの投資額と件数の推移、セクター別の配分をグラフで示し、ステージ別にどの投資家が動いているかを整理しています。レポート全編は以下からダウンロードいただけます。レポートのダウンロードはこちら»