スタートアップの資金調達には、投資家に株式を渡すエクイティ調達と、株式を渡さずに受け取れる資金の2種類があります。後者は「非希薄化資金(Non-dilutive Funding)」と呼ばれ、補助金・税額控除・返済型融資などがこれに当たります。カナダではR&D(研究開発)活動を対象に、SR&EDとNRC IRAPという2つの制度がこの非希薄化資金の代表例として整備されており、エクイティ調達と組み合わせることでキャッシュフローの改善と株式希薄化の抑制を両立できます。この記事では、両制度の仕組みと日本のスタートアップが知っておくべき活用のポイントを解説します。非希薄化資金とは非希薄化資金とは、株式を発行せずに受け取れる資金のことを指します。補助金・税額控除・返済型融資などが含まれ、エクイティ調達と組み合わせることでキャップテーブル(株主構成表)を守りながら運転資金を確保できます。カナダのR&D支援制度は世界的にも水準が高く、エクイティ調達と並行して活用する企業が多い点が特徴です。SR&ED:研究開発税額控除制度SR&ED(Scientific Research and Experimental Development)は、カナダ国内で実施した適格R&D活動に対して税額控除を受けられる連邦制度です。カナダ歳入庁(CRA)への申請を通じて適用され、返還可能な税額控除(Refundable Tax Credit)として現金の受け取りも可能なため、黒字化前のスタートアップにとっても実質的な補助金として機能します。控除率の概要は以下の通りです。カナダ支配型非公開法人(CCPC):適格支出の最初の300万カナダドル(約3.3億円)に対して最大35%の返還可能税額控除が適用。課税所得500万カナダドル超の場合は段階的に逓減する。その他の法人(外国資本が多い法人など):適格支出に対して15%の非返還型税額控除。翌年以降への繰越が可能。適格支出として認められる主な項目は、カナダ国内で発生したR&D人件費・外部委託費・材料費・間接費などです。基礎研究・応用研究・試験的開発(Experimental Development)が対象となり、製品やプロセスの技術的不確実性を解消することを目的とした活動が中心となります。日本からカナダに進出したスタートアップがSR&EDの恩恵を最大限に受けるには、カナダ法人としての設立に加え、R&D活動を担うカナダ居住者の雇用と、当該活動がカナダ国内で行われていることが前提となります。また、CCPCとして認定されるには外国資本の比率要件があるため、資本構成の設計段階から専門家への相談が推奨されます[1]。NRC IRAP:イノベーション支援プログラムNRC IRAP(National Research Council Industrial Research Assistance Program)は、カナダ国立研究機構(NRC)が運営する中小企業向けの技術革新支援プログラムです。資金提供と技術支援の両面からスタートアップの成長を後押しします。NRC IRAPの特徴的な仕組みが、「産業技術アドバイザー(ITA:Industrial Technology Advisor)」の活用です。全国に配置されたITAが担当企業に直接関与し、技術開発の方向性や政府プログラムの活用方法について無償でアドバイスを提供します。この担当者との関係構築が、資金支援へのアクセスにも直結します。資金支援の主な種類は以下の通りです。技術開発資金(IRAP Contribution):技術開発プロジェクトに対する返済不要の資金提供。金額は企業規模・プロジェクト内容によって異なり、数万カナダドルから50万カナダドル以上に及ぶケースもある。雇用支援(Youth Employment Program):高度人材(大卒・大学院卒)の雇用に対して給与の一部を補助。技術職・研究職の採用コスト低減に活用できる。対象となるのは、カナダ国内に設立された営利法人で、従業員500名以下の中小企業です。外国資本の企業であっても、カナダでの実質的な事業活動とR&D実施が確認されれば申請可能です[1]。SR&EDとNRC IRAPの組み合わせSR&EDとNRC IRAPは、それぞれ異なる性質を持つ制度ですが、同一のR&Dプロジェクトに対して重複して申請することが可能です(ただし同一支出への二重計上は不可)。NRC IRAPの補助金を受けた支出はSR&EDの適格支出から控除されるため、受給順序や金額設計を含めた総合的な計画が重要です。専門のSR&EDコンサルタントや税務アドバイザーと連携することで、受給額を最大化できます。まとめSR&EDとNRC IRAPは、カナダのR&D投資に対して政府が直接還元する制度であり、エクイティ調達と並行して活用することでキャッシュフローの改善と株式希薄化の抑制を両立できます。ただし、いずれの制度も活用には条件があり、日本法人がそのまま申請することはできません。カナダでの本格的な事業展開を検討する段階で、税務・法務の専門家を通じて自社の状況を確認することが出発点となります。[1] 出典:Canada Revenue Agency, SR&ED Program https://www.canada.ca/en/revenue-agency/services/scientific-research-experimental-development-tax-incentive-program.html参照:JETRO カナダのベンチャーキャピタル市場及び主要プレーヤー(2026年3月)https://www.jetro.go.jp/world/reports/2026/02/ca54be8ab9ebcbcf.html