DMZ Japanは、カナダのイノベーション環境を体系的にまとめた『Canadian Ecosystem Report』をリリースしました。本シリーズでは、その内容をテーマごとに抜粋して紹介します。今回取り上げるのは、「カナダ連邦政府が投資を集中させている5つの分野」についてです。海外市場への参入で難しいのは、どの分野に狙いを定めるかの見極めです。市場調査だけでは、数年先に需要が伸びる領域までは読み切れません。有力な手がかりになるのが政府の投資方針です。連邦政府がどこに資金を投じるかは、補助金、調達の発注、規制当局の関心、民間資本の向かう先を同時に規定するためです。この記事では、カーニー政権が掲げる方向性と、優先度の高い5つの分野を整理します。経済主権という国家方針カーニー政権は「経済主権(economic sovereignty)」を政策の中心に据えています。特定の貿易相手国への依存を減らし、国内の産業基盤を強化し、同じ価値観を持つ国の企業が安心して投資ができる国になる、という方針です。2025年度予算(Budget 2025)では、これを裏づける新規投資として900億カナダドル(約9兆9,000億円)が計上されました。以下の5分野では、すでに予算措置と制度設計が進んでいます。① 防衛・デュアルユース技術2026年初頭、カナダは初の防衛産業戦略(Defence Industrial Strategy)を公表しました。今後10年間で、直接的な防衛調達に1,800億カナダドル(約19兆8,000億円)、防衛・安全保障関連インフラに2,900億カナダドル(約31兆9,000億円)を支出する計画です。戦略は「Build・Partner・Buy(自国で作る/同盟国と組む/信頼できる海外から買う)」の枠組みで組み立てられており、カナダに強みのない領域では海外調達が明示的に想定されています。調達を迅速化する新組織のDIA(Defence Investment Agency)の設置が進み、AI・量子・ロボティクス・自律システムの防衛研究開発は、新設の政府機関であるBOREALIS(Bureau of Research, Engineering and Advanced Leadership)が統括します。政府の防衛R&D投資(研究開発への公的支出)は85%増加しました。海外企業にとって現実的な入り口は、民生用途の技術を防衛用途に転用するデュアルユース技術です。自律システム、サイバーセキュリティ、ドローン、セキュア通信、AI物流、先端素材などが該当し、農業・鉱業・輸送向けに実装済みの技術が、防衛調達で求められる性能をそのまま満たしている例も少なくありません。ただし、外国資本の保有比率や技術移転には追加規制があり、戦略はカナダ側のIP保有を優先する方針を示しています。② 重要鉱物カナダは、クリーンエネルギー、電気自動車、防衛システム、AIハードウェアに不可欠な鉱物の世界有数の埋蔵国です。Budget 2025では、鉱山プロジェクトに直接投資する20億カナダドル(約2,200億円)の重要鉱物主権ファンドと、鉱業インフラを支援する15億カナダドル(約1,650億円)の基金が新設されました。2025年のG7議長国として、カナダは中国に集中するサプライチェーンを分散させる重要鉱物生産同盟(Critical Minerals Production Alliance)の創設を主導しました。同年10月の第1弾では、9カ国との26件の投資・提携に64億カナダドル(約7,000億円)が動いています。この分野で求められているのは、採掘をより賢く、クリーンに、追跡可能にする技術です。処理・精錬、AIを活用した資源探査、鉱山現場の電化、サプライチェーンの追跡といった領域に、政府の支援と産業側の受け入れ姿勢が揃っています。③ AIと生産性カナダは2017年に世界で初めて国家AI戦略を策定し、3つの国立AI研究所を整備したAI研究の先進国です。一方で近年の展開スピードには追いつけず、企業側の導入率は低い水準にとどまります。この差を埋めるため、政府はデータ主権を支えるインフラ整備と企業のAI実装支援に大規模な予算を投じています。新たな国家AI戦略の策定も進行中で、実証実験から本格導入への移行、国内で管理するデータ・計算基盤の構築、労働者のAIリテラシー向上が重点になる見通しです。裏を返せば、実際の業務で使える実用的なAIツールを持つ海外企業には、明確な受け皿があるということです。④ クリーン経済連邦政府はクリーン経済への投資を、環境対策ではなく商業機会として位置づけています。Budget 2025の気候競争力戦略(Climate Competitiveness Strategy)の柱は、G7でも屈指の水準となる投資税額控除です。クリーンテクノロジーに30%、その製造に30%、クリーン電力に15%が適用され、炭素回収の控除は2035年まで延長されました。連邦政府はクリーンエネルギー案件に少なくとも200億カナダドル(約2兆2,000億円)を投じる責務を負っています。優先領域は、送電網の近代化、洋上・陸上風力、クリーン水素、小型モジュール炉、蓄電、州間送電です。ただし、どの技術がどこで求められるかは地域によってはっきり違います。大西洋沿岸は洋上風力と海洋技術、プレーリー地域(アルバータ・サスカチュワン・マニトバの3州からなる中西部の平原地帯)は農業技術とエネルギー転換技術、オンタリオ州とケベック州はクリーン製造とEVサプライチェーンの中心となっています。⑤ 住宅と建築環境カナダは深刻な住宅不足を抱えており、2030年までに350万戸の追加供給が必要と推計されています。連邦政府は初回購入者向け新築住宅の物品サービス税を撤廃し、Build Canada Homesを立ち上げ、連邦の調達予算を住宅建設に充てる方針を打ち出しました。230の自治体協定に基づく44億カナダドル(約4,800億円)の住宅加速化基金が、ゾーニング改革(土地の用途規制の見直し)と許認可の迅速化を進めています。必要とされているのは、モジュラー・プレハブ工法(住宅の部材や部屋単位を工場で生産し、現場で組み立てる建築手法)、低炭素建材、省エネ設計、AIを活用した都市計画・許認可ツール、スマートビルなどの技術です。この5分野をどう読むか補助金の一覧として見ると、実態を見誤ります。防衛調達も住宅建設も、動いている金額の大半は補助金ではなく調達です。政府は支援してくれる相手であると同時に、自社の製品やサービスを買う顧客でもあります。誰が発注し、どの要件で選ぶのかを起点に考えたほうが、実際の商機に近づきます。自社技術の分類を変える必要はありません。例えば、「防衛向けに作り直す」のではなく、既存の技術が防衛調達で求められる性能をすでに満たしていないかを確認する、という順序になります。農業用ドローンや鉱山向けの自律走行技術が防衛の関心領域と重なる例は、現実にあります。デュアルユースとは、そういう発想です。そして、分野を選ぶことは地域を選ぶことでもあります。洋上風力なら大西洋沿岸、EVサプライチェーンならオンタリオ州とケベック州というように、商談相手は特定の州に集中します。分野の選定と拠点の選定は、切り離さずに考える必要があります。まとめ防衛とデュアルユース、重要鉱物、AI導入、クリーン経済、住宅。カナダの5つの重点分野は、いずれも予算措置と制度設計を伴って動いています。共通するのは、必要な技術を国内だけでは揃えられないとカナダ自身が認識し、海外のパートナーを能動的に探している点です。政府の投資方針は、数年先の需要がどこに集中するかを読むうえで最も信頼性の高いシグナルのひとつです。『Canadian Ecosystem Report』では、これら5分野が実際のセクターや州とどう対応するかを整理し、各分野の窓口となる政府機関・資金提供機関・アクセラレーターを一覧にまとめています。レポート全編は以下からダウンロードいただけます。レポートのダウンロードはこちら»